全脳自由帳

より考えるために書く

女囮捜査官(5) 味覚(山田正紀)

女囮捜査官 (5) (幻冬舎文庫)

女囮捜査官 (5) (幻冬舎文庫)

シリーズ完結編。

新宿駅西口地下通路で女性の切断死体が発見された。第二の殺人を示唆する匿名電話を受けて捜査陣は新宿駅西口に張り込む。囮捜査官の北見志穂も捜査に加わるが、眼前で同僚を殺されたうえ、容疑者とおぼしき女性も、死体となって発見される。だがそれは哀しき連続殺人の幕開けに過ぎなかった…。新本格推理小説の傑作シリーズ、ついに完結!

これまでの4作でえげつない展開には慣れていたのだが、これはまた別方向にえげつない。シリーズの結末がこういう形になるとは思わなかった。大団円、なのか? 最後のシーンでは筒井康隆の某シリーズを思い出した。

本作でもいくつものトリックが登場する。うならされたものあり、ちょっと納得のいかないものもありだったが、期待は裏切らない。ただ、志穂が「生まれながらの被害者」であるという設定がもともと私には今ひとつピンときていなかったせいか、本作では全体の流れに乗り切れなかった感がある。

解説を麻耶雄嵩氏が書いているのは注目されるところ。普段はあまり解説をまじめに読まないのだが、この解説は熟読した。「この作品(シリーズ)の不幸な点」として、残念だったところにも触れられている。

悪意(東野圭吾)

悪意 (講談社文庫)

悪意 (講談社文庫)

1996年の作品。

人気作家・日高邦彦が仕事場で殺された。第一発見者は、妻の理恵と被害者の幼なじみである野々口修。犯行現場に赴いた刑事・加賀恭一郎の推理、逮捕された犯人が決して語らない動機とは。人はなぜ、人を殺すのか。超一流のフー&ホワイダニットによってミステリの本質を深く掘り下げた東野文学の最高峰。

ホワイダニットと「信頼できない語り手」が組み合わさった、とんでもない構造の事件。この犯人の奸計にはうならされた。そしてタイトル通りのすさまじい悪意と執念。この動機はなんとも…。「東野文学の最高峰」かどうかは別として、よくこんな話を構築できるものだと思う。

加賀恭一郎シリーズとしては4作目。これまでの作品では(これ以降の作品でも)加賀はあくまで外から描かれていたが、この作品では加賀自身が語り手になった章が織り込まれているのが印象深い。彼の内面を少しうかがうことができるし、教師時代のできごとも明かされる。

毒薬の輪舞(泡坂妻夫)

毒薬の輪舞 (講談社文庫)

毒薬の輪舞 (講談社文庫)

死者の輪舞」に続く、海方惣稔(うみかたふさなり)・小湊進介シリーズ第2弾。1990年の作品。

青銅色の鐘楼を屋根にいただく精神病院に続発する奇怪な毒殺事件。自称億万長者、拒食症の少女、休日神経症のサラリーマン…はたして殺人鬼は誰か? 患者なのか、それとも医師なのか? 病人を装って、姿なき犯人の行方を追う警視庁の名物刑事・海方の活躍。全編、毒薬の謎に彩られた蠱惑的ミステリー空間!

病院の中だけで全てが終わる話。海方刑事は相変わらずいい加減な男で、それゆえに病気を装って精神病院に入院しているのだが、事件の解明の段になると急にシャキッとする。

今回のしかけは少し強引なところがあるし、鮮やかさという点でも「死者の輪舞」に及ばない気はするものの、いつもながらの奇智にあふれた味つけがしてある。独特の文体と併せて、十分に泡坂ワールドに浸ることができる作品。

とにかく変な人がたくさん出てくる(しかも、そろいもそろって簡単に口を割る)し、各章のタイトルにもなっているように、毒薬がたくさん登場する。どちらもストーリーを構成する大事な要素になっている。

軽井沢マジック(二階堂黎人)

軽井沢マジック (講談社文庫)

軽井沢マジック (講談社文庫)

1997年、水乃サトルシリーズ第1作。

ファッションもクルマも超一流のイケメンなのに、なぜか周囲から変人扱い。そんな上司の水乃サトルをひそかに慕う美並由加理は、出張帰りに軽井沢で途中下車しようと誘われてドキドキ。ところが二人が降りた特急から血塗れの死体が見つかって…。名探偵水乃サトルが誕生した記念すべき長編ミステリー。

二階堂蘭子シリーズとは打って変わって軽いノリの作品。ちなみに、「ファッションもクルマも超一流」というのは実は事実ではない。

しかけはなかなかおもしろくて、確かに理屈は通っているのだが、解明の過程があっさりしすぎていて、どうしてそう推理したのかが全然わからない。水乃サトルが千里眼であることだけが後に残る。たとえば京極堂とかなら推理の過程がわからなくても納得してしまうのだが、この人にはそこまで入れ込めなかった。

軽いノリはあまり得意でないような気がするなあ。古風で重い蘭子シリーズの方がいい感じ。次はそっちを読むことにしよう。

厭魅の如き憑くもの(三津田信三)

厭魅の如き憑くもの (講談社文庫)

厭魅の如き憑くもの (講談社文庫)

2006年、刀城言耶シリーズ第1作。ホラーは苦手なのでずっと躊躇していたのだが、推理小説としていろんなところで評価が高いので読んでみることに。この作品では「厭魅(えんみ)」を「まじもの」と読む。

神々櫛村。谺呀治家と神櫛家、二つの旧家が微妙な関係で並び立ち、神隠しを始めとする無数の怪異に彩られた場所である。戦争からそう遠くない昭和の年、ある怪奇幻想作家がこの地を訪れてまもなく、最初の怪死事件が起こる。本格ミステリーとホラーの魅力が圧倒的世界観で迫る「刀城言耶」シリーズ第一長編。

これはなかなかに怖い。日本の古い村独特の怖さが、横溝正史とはまた違った味で迫ってくる。途中から、なるべく夜遅くには読まないようにしていた。その怖さと連続殺人の謎解きとがうまく組み合わさっていて、読み応えのある作品だった。周到に用意されたしかけと、頼りなさがユニークな探偵役・刀城言耶による解決は圧巻。最後の最後はちょっととってつけたような感じになってしまっているが。

子供が消えてしまう「神隠し」の使い方がうまい。このような超常現象を採り上げた小説には、(1)それが作品世界でのルールになっているもの(例: 「七回死んだ男」のようなSFミステリー)と、(2)起こり得ないはずの現象が起こっているものとして(普通に)描かれるもの があり、(2)はさらに、最終的にその怪異のからくりが解明されるものとされないものに分けられると思う。この作品は(2)のうちどちらなのだろうと思いながら読んでいた。どちらだったかを書くのはやめておくけど。

村の地理と、谺呀治家・神櫛家の家系がかなり複雑で、最初にある村の見取り図と家系図を何度も見ることになった。特に空間把握の苦手な私には、この見取り図があってすら、作中に出てくるいろんな場所の位置関係を理解するのは大変だった。それなのに、ミステリー・リーグ版にはこれらの図がないらしい。そっちを読んでいたら途中で挫折していたかもしれない。

このシリーズ、他の作品も読まずにすませるわけにはいかないな。ホラーは苦手なのだが。

コズミック 水(清涼院流水)

コズミック水 (講談社文庫)

コズミック水 (講談社文庫)

「コズミック世紀末探偵神話」(1996年)を二分冊にしたうちの下巻。

日本全国を恐怖に陥れた大量密室連続殺人事件がついに解決。驚倒すべき動機、トリック、真犯人とは?

「コズミック」の下巻ではあるのだが、作者の勧め通りに、

という「清涼 in 流水」の順で読んだので、4冊に及ぶ物語の最終巻でもあった。

このとんでもない連続密室(なのか?)殺人事件の真相がまともなものであるわけがないとハナから思っていたので、案外まともな解決だと思えた。というか、バカミス(って何なのか未だに理解できていないが)として、おおむね楽しく読めた。ここまでやってくれれば、「トリックに無理がある」などと突っ込もうという気にはならない。アナグラムによる言葉遊びがこれだけたくさん、4冊も続くとちょっと飽きてくるが。

で、いったん真相が明かされたあとにさらに何かすごいことがあるのかと期待して最終盤を読んだら...。ここはいらない。もっと前でスパッと終わった方がよかったんじゃないのか。

作者の勧め通りの順番で読んだのは正解だったような気がする。「コズミック」を上下巻とも読んでから「ジョーカー」上下巻を読むのでは話がつながらないところがある。時系列上で先の事件である「ジョーカー」上下巻を先に読んでから「コズミック」上下巻、なら悪くないと思うが、それだと味わえない趣向が(少なくとも)1つ入れてある。

長いこと懸案だった2作品を読めたので満足。清涼院流水はこれで一段落。将来よっぽど気が向いたら他のも読むかもしれない。

ジョーカー 涼(清涼院流水)

ジョーカー涼 (講談社文庫)

ジョーカー涼 (講談社文庫)

ジョーカー旧約探偵神話」(1997年)を二分冊にしたうちの下巻。作者の勧め通りに、

  • コズミック 流 → ジョーカー 清 → ジョーカー 涼 → コズミック 水

という「清涼 in 流水」の順で読むことにしているので、4冊中の3冊目でもある。

陸の孤島幻影城で続く装飾的不可能殺人事件。あまりにも深い謎と暗示に隠されていた驚愕の真相は?

前巻からかなりバカバカしい話らしき雰囲気が漂っていたので、心の準備はできていた。その分、終盤の推理合戦にも、あまりにもあんまりな結末にも、翻弄されることも本を壁に投げることもなく、大人の態度で(?)接することができた。

むしろ、そこそこおもしろかったと言ってもいい。文章も読みやすいので、読書体験としてそれほど悪いものではなかった。それほどいいものでもなかったが。

ジョーカー」はこれで終わりだが、話は「コズミック 水」へ続く。どうやら「ジョーカー」と関連して何かありそうな雰囲気である。最初の「コズミック 流」の内容を忘れかけているので、ちょっと復習してから臨むことにしよう。

ジョーカー 清(清涼院流水)

ジョーカー清 (講談社文庫)

ジョーカー清 (講談社文庫)

ジョーカー旧約探偵神話」(1997年)を二分冊にしたうちの上巻。

屍体装飾、遠隔殺人、アリバイ工作。作中作で示される「推理小説の構成要素三十項」を網羅するかのように、陸の孤島幻影城で繰り返される殺人事件。「芸術家(アーティスト)」を名乗る殺人者に、犯罪捜査のプロフェッショナルJDC(日本探偵倶楽部)の精鋭が挑む!

作者の勧め通りに、

  • コズミック 流 → ジョーカー 清 → ジョーカー 涼 → コズミック 水

と「清涼 in 流水」の順で読むことにしているので、これは「ジョーカー」の上巻であると同時に4冊中の2冊目でもある。

時間軸としては「コズミック」より先に起こった事件。「コズミック」ほどではないが、人がたくさん死ぬ。

文章はかなり読みやすい。メタミステリー的要素が露骨なのだが、バカミス的要素も多くて、いったいどうなることやらと思わせる。次の「ジョーカー 涼」でいったんは話が終わるはず。感心することになるのか壁に投げることになるのか、現時点では全然わからない。

白銀ジャック(東野圭吾)

白銀ジャック (実業之日本社文庫)

白銀ジャック (実業之日本社文庫)

東野圭吾最新作。新しい作品はいつも文庫になるのを待って読むのだが、これはいきなり文庫で刊行された。実業之日本社文庫の創刊による企画の一環か。いずれにしても読まないわけにはいかない。

それにしてもタイトルがダサい。もうちょっと気の利いたのにならないものか。たとえば昔の東野作品によくあった漢字2文字のタイトルをつけるとしたら... としばらく考えたが、いいのが思い浮かばない。

ゲレンデの下に爆弾が埋まっている――
「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。今、犯人との命を賭けたレースが始まる。圧倒的な疾走感で読者を翻弄する、痛快サスペンス!

東野圭吾の文章なのですぐに入り込んでいけるし、ストーリーとしても気持ちのよいものではあったのだが、どうも物足りなさが残る。気持ちよくさせるだけではなくて、倫理観をゆさぶられるような作品を書いてほしいなと思う。昔のいくつかの作品のように。特にこの作品のようにサスペンス仕立てになっていると、深いところで人間の心の葛藤をえぐってくれることを期待するのだが、それがあまりなかった。

終わり方もちょっと...。きれいに終わらせようとしすぎている気がして、かえってモヤモヤしたものが残る。

この作品は、しばらくスノーボードにのめり込んでいたという作者(その様子を書いたエッセイ「ちゃれんじ?」はまだ読んでいないのだが)が満を持して出したスキー場もの、という見方もできる。スキーやスノーボードが好きな人なら、随所に出てくるスキー場や滑走の描写は楽しめるのかもしれないとは思う。

『アリス・ミラー城』殺人事件(北山猛邦)

『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)

『アリス・ミラー城』殺人事件 (講談社文庫)

城シリーズ第3作。2003年の作品。

鏡の向こうに足を踏み入れた途端、チェス盤のような空間に入り込む―『鏡の国のアリス』の世界を思わせる「アリス・ミラー城」。ここに集まった探偵たちが、チェスの駒のように次々と殺されていく。誰が、なぜ、どうやって? 全てが信じられなくなる恐怖を超えられるのは…。古典名作に挑むミステリ。

Twitter上のエアミス研で読書会の題材に選ばれたので、おもしろいに違いないと思って読んだら、期待以上だった。「クロック城」「瑠璃城」の2作から急にジャンプした感じを受ける。

北山猛邦といえば物理トリック。どんなものが登場するのかと思いながら読んだのだが、この作品では物理トリックの位置づけが前2作とは大きく異なっているのがよかった。前2作を読んでいなくてもこの作品を読むのに支障はないが、順番に読んでいくとストーリーの中での物理トリックの「使い方」が変わっていくのが味わえる。

殺人の動機はかなり変。しかしあまりゴチャゴチャ言わずに楽しんだ方がいいと思う。そして、メイントリックには言葉もなし。あそこであんなこと、ここでこんなことを言ってたのは... ああ、これ以上は書くまい。

あと、探偵の1人である山根嬢のこのしゃべり方が個人的にはツボ。

「喋り方も変だってよく云われるわ。ごめんなさいね。転倒してるって云われるの。でも転倒というのは正しくないわよね。倒置っていうんだと思う。正しくは。だから時間がかかるでしょう。わたしの喋っていることを理解するのに。いいのよ、気にしないで。慣れてるから。変な人と思われるのは」

ずっとこんなしゃべり方をする人が近くにいたらさぞかし変だろう。

紹介文には「古典名作に挑むミステリ」とある。「鏡の国のアリス」(ルイス・キャロル)にちなんでいるところは結構あるものの、読んでいなくても十分楽しめるはず。私は読んでいたが、それによって楽しみ方が変わった気はあまりしなかった。(※2010.11.17追記: sakatamさんからコメントで指摘をいただいた。「古典名作」というのは「鏡の国のアリス」のことではないのだった... 汗)

残念ながらエアミス研読書会には参加できなかったのだが、あとでWiki上のまとめを見て、大いに楽しむとともに、メタ・ミステリーとしての読み方など、いろいろと目からウロコだった。読書会世話役・まとめ編集者・参加者の方々に感謝。