全脳自由帳

より考えるために書く

陽気な容疑者たち(天藤真)

引き続き天藤真を読む。これは1963年、長編デビュー作。

山奥に武家屋敷さながらの旧家を構える会社社長が、まさに蟻の這い出る隙もないような鉄壁の密室の中で急死した。その被害者を取り巻く実に多彩な人間たち。事件の渦中に巻き込まれた計理事務所所員の主人公は、果たして無事、真相に辿り着くことができるだろうか? 本書は、不可能状況下で起こった事件を、悠揚迫らざる筆致で描破した才人天藤真の、記念すべき長編デビュー作。

この人独特のほのぼのした文体で話は進む。社長・吉田辰造が死んだというのに、タイトルの通り、容疑者となる親族や関係者に悲壮感がない。

密室は完璧に見えるし、その謎の解明がなかなか進まないので、途中で「ひょっとしたらこのまま事故死ということで終わってしまうのでは?」と思ってしまったほど。それでは推理小説として成立しないのだが。

密室トリックはさほどのものではなかったが、ドラマとしては胸を打つものがあった。江戸川乱歩賞の候補になりながら、選考委員の評価が分かれて受賞できなかったというのもそのあたりにあるような気がする。

登場人物それぞれに感情移入することができ、全体として温かみが感じられる。読んだあとでさわやかな気持ちになれる話だった。