全脳自由帳

より考えるために書く

銀閣寺の惨劇(吉村達也)

銀閣寺の惨劇 (徳間文庫)

銀閣寺の惨劇 (徳間文庫)

「どちらから読んでもよいが、どちらを先に読んでも、後の方を読み終わってから初めて、2作同時のどんでん返しが訪れる」という仕掛けになっているという「金閣寺の惨劇」「銀閣寺の惨劇」ペアを読み終わった。

男は録音スタジオの中で頭を銃弾で撃ち抜き自殺した、と信じられていた。そばには拳銃が転がり、扉は内側からロックされ外からは絶対に開かない構造になっている。銃の発射音すら洩らさぬ完全密室。が、それはのちに『銀閣寺の惨劇』を呼ぶ巧妙なトリック殺人だった…。
「銀」から読むか?「金」から読むか?
二冊読み終えたときに、初めて第二の真相が浮かび上がる《双方向多重構造》ミステリー!

2作とも読んでからわかるという「片方の殺人事件の意外な真相」も「浮かび上がってくる怨念の人間模様」も、あとの「銀閣寺...」の方を読み始めてすぐにぼんやりと想像がついた。そしてそれらは当たっていた。あとでWebでネタバレ書評を検索して「答合わせ」をしたから、間違いないと思う。もう少しスケールの大きいどんでん返しがあるのかと思っていたのでガッカリ。

金閣寺...」と同じく「銀閣寺...」も単体で作品として成り立っているが、今ひとつだった。密室事件のトリックがしょぼい(というか納得性が薄い)し、銀閣寺での殺人についても見るべきところなし。ドラマとしてのテーマになっている「日本人論」もそうおもしろいものではない。

読む順序を逆にして「銀閣寺...」から読んでいたらどういう印象を持ったかを想像するのは難しいが、「金閣寺...」から読む方が自然なような気はする。事件の順序として先だし。

探偵役の朝比奈耕作がこれらの前に解決したという、「花咲村の惨劇」から始まる「惨劇の村シリーズ」5部作の話が時々出てきて、読んでみたくはなるのだが、やめておこう。5冊も読んでガッカリさせられたらたまらない。

銀閣寺を鑑賞するとき、上部庭園に至る階段の途中から見下ろすと美しさを堪能できるというのは知らなかった。今度行くことがあったら見てみよう。

あのあたりに住んでいる人にとっては、銀閣寺というのは寺の名前であるだけでなく、周辺一帯を指す地域名でもある。したがって「○○さんは銀閣寺に住んでいる」といった言い方をする(今でもすると思うのだが)。もちろん、銀閣寺の中に住んでいるという意味ではない。