桂枝雀師匠がよくこんなことを言っていた。「噺家が高座に上がって何もしゃべらずただニコニコして座ってる。それでお客さんもニコニコしてる。それが理想の落語なんですわ」。
私にとってジョン・ハートフォードは、その境地にかなり近いミュージシャンである。さすがに何もやらなくていいということはないが、とにかくバンジョーでもフィドルでもいいから弾きながら何か歌ってくれればいい。曲は何でもいい。
時山(岐阜)のブルーグラスフェスティバルに彼が来た時はまさにそんな感じだった。雨天用のフェス会場である体育館の中で、バンジョーとフィドルで数十曲。どんな曲をやったか全然覚えていないが、こっちはただニコニコしていた。最後はみんなで輪になって延々踊った。
ただしこのアルバムは別である。とんがっている。ロックなブルーグラス。ニューグラスリバイバルに影響を与えたと言われるのもうなずける。実際、彼らが後に採用した"With a Vamp in the Middle"(この曲、歌もさることながら、EmのところでDの音を強調するフレーズを弾くバンジョーが特に耳に残る。普通Gの時に使うフレーズだと思うが)や"Steam Powered Aereo Plane"も入っている。他の曲もブルーグラスでロックしている。こんなアルバムを1971年に作っていたというのはすごい。
他のアルバムも何枚か持っているが、このアルバムと違ってほとんどはあまり曲の印象がない。どちらかというといい意味でだが。どれもなんか気持ちよく聴いて通り過ぎてしまう。
枝雀師匠もジョン・ハートフォードももうこの世にいない。CDを聴いたりビデオ映像を観たりしてニコニコするしかないのが残念である。