全脳自由帳

より考えるために書く

ラプラスの魔女(東野圭吾)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

 

 東野圭吾作品のコンプリートを目指しているのだが、最近あまり読んでいない。これじゃ踏破は遠いなと思っていたところにこれが文庫になったので読んだ。

ある地方の温泉地で硫化水素中毒による死亡事故が発生した。地球化学の研究者・青江が警察の依頼で事故現場に赴くと若い女の姿があった。彼女はひとりの青年の行方を追っているようだった。2か月後、遠く離れた別の温泉地でも同じような中毒事故が起こる。ふたりの被害者に共通点はあるのか。調査のため青江が現地を訪れると、またも例の彼女がそこにいた。困惑する青江の前で、彼女は次々と不思議な“力”を発揮し始める。

「ラプラス」というのが何の象徴なのか、深く考えずに読んだのだが、そうであったか。かなり理科系的、SF的なミステリーである。いろんな意味で東野圭吾らしい。東野作品の得意パターンをいくつか組み合わせて1つ書き上げた、という感じは否めない。

こういう特殊な境遇の人が登場する場合、その人(たち)にどのくらい感情移入できるかが結構作品のおもしろさに影響するが、この作品ではそれほど感情移入できなかった。それにどうしても「こんなことありえない」と思ってしまう。

一方で、好奇心を満たすためには危険な行動もいとわない青江先生には大いに共感。

「君のせいで限界まで膨らんでしまった私の好奇心については、どうしてくれる?」

このセリフには笑った。

数え方が正しければ、東野圭吾はこれまでに93作を世に出している。そのうち83作を読んだ。あと10作。ノルマだと思わずに、読みたい時に読んでそのうちコンプリートしたい。

「おすすめは?」と聞くかどうか

note.mu

bar bossaの林さんのnote記事。

居酒屋などで最初に食べ物を注文する時、「おすすめは?」と聞くかどうか。私は聞かない。なぜ聞かないかというと、一言で言えば「おすすめを聞くのは主体性がない行為のように思うから」。上記の林さんの記事にもそう思っているトーンは感じられる。

ただ、一緒に行った人が「おすすめは何ですか(or ありますか)」と聞くことはよくあり、私もそれに対して「やめとけ」と言ったりはしない。その時考えているのは、

  • 注文ぐらい自分で決めたい。おすすめを聞くのは主体性がない
  • でも、店員さんが個人的なおすすめを言ってくれるなら参考にしたい
  • いや、聞いても店の都合で出したいものを答えるだけか?
  • しかし、アルバイトみたいだから、正直におすすめを言ってくれるかも?
  • それに、考えるのは確かに面倒。おすすめを言ってくれてそれを頼むのは楽

というようなことである。結局、他の人が聞くかどうかに任せている。

上記の記事にはこんな例も。

例えば、bar bossa、季節の果物のカクテルというのをやってまして、季節ごとに桃とかぶどうとかを用意して、生のジュースを作って提供しているんですね。
で、毎回、2種類、選択肢を用意しているんです。
今なら「なし」か「りんご」を用意していまして、「なしとりんご、どちらが良いですか?」ってお客様に質問してるんですね。
これでも、「おすすめは?」って言われるんです。もうしょっちゅう言われるんです。

これはいくらなんでも。そんなシンプルな二択なら自分で判断したいものである。

「年間100冊読む」という目標を手放す

本を年間100冊読むコツ」というエントリを書いたように、ここ数年は本を年間100冊読むことを目標にしていて、一昨年は初めて到達して116冊、昨年は102冊だった。

今年も100冊を目指そうと思っていたのだが、それを手放そうかと思っている。なぜかというと、100冊を意識するとどうしても厚い本を敬遠しがち になるからである。

今のところ「それほど読みたくもないのに、早く読める実用書に走る」という症状には至っていないが、読みたい本の中ではページ数の少ない本に手が伸びることが多くなる。それでは目標を立てていることのデメリットの方が大きい。

今、読みたいなと思っている本の中に厚いのがいくつもある。たとえばこのあたり。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

 
時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け

時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け

 

こういうのも進んで読むようにシフトしていこう。2年連続で100冊を達成したからもういいだろう。

冊数の代わりに「ページ数」で目標を立てようかとチラッと思ったが、さすがに管理が面倒なのでやめた。読書の時間をできるだけとることを心がける、というところにとどめる。

体を温めるために風呂で読書

この年になると腰が痛くなったり膝が痛くなったりするので、整体に通っている。その整体の先生に「風呂は40℃ (夏季はもっと下)の湯に15分つかってください」と言われた。

それまで42℃に設定していたので、40℃というのはかなりぬるく感じられたが、15分つかっていると体の芯まで温まってくる。42℃だと熱くてとても15分もいられないから、かえって温まらない。

これだけ温まれるというのは確かにいい。ただ、そんなに長く湯船で何もせずにいるというのは退屈でしょうがない。

そこで、本を持ち込むことにした。本を読んでいれば退屈しない。湯の上に手を出して保持することになるが、今のところ湯の中に落としてしまったことはない。万一落としてしまったとしてもまあ買い直せばいい。

この話を人にすると必ずと言っていいほど「紙がふやけるんじゃないの?」と言われるのだが、風呂に入っている時間ぐらいでふやけたりはしない。

といっても少しは湿っているだろうし、濡れた手で触ってしまうこともある。だからさすがに借りた本は持ち込めない。自分の本なら特に気にはならない。私は本は基本的に買う派なので、風呂で読む本がなくて困ることはなさそうである。

バックアップはこまめに、意味のあるところに

卒論・修論の季節。うちの長女も卒業設計に打ち込んでいる。

「数学ガール」の結城浩さんが、論文のバックアップについてツイートされていた。

これで思い出したので、7年前に今は亡きPosterousというブログに書いた話をもう一度書く。

卒論の時の話。私は研究室で初めてワープロで書いた学年だった。その前は全員手書きだったのである。私が使ったのは研究室の共用だったIBM 5560のワープロ機能。

〆切3日前ぐらいの、かなり完成に近づいていた日、徹夜で執筆作業をしたあと下宿で寝ていると、M1の先輩から電話がかかってきた。「すまん…おまえの卒論、消してしもた!」。

5560のワープロは、文書を編集したり閲覧したりして終了する時の「保存しますか?」という問いにNと答えると、修正を反映せずに終了するのではなく、その文書を削除してしまう、というとんでもない仕様だった。先輩は私の卒論を「どれどれ」と見たあと終了する時にこのトラップにはまったらしい。

私はこの危ない仕様を知っていたこともあって、帰る前に必ず全部を2枚のフロッピー (他に外部メディアはない)にそれぞれバックアップするようにしていたので、そこから復旧して事なきを得たのだった。先輩は一時、紙で印刷したものから自分が全部入力し直すことを覚悟していたらしい。

何にしても、バックアップはちゃんととっておきましょう。

最近はDropboxなどのクラウドサービスがあるが、編集するファイルをDropboxに置いているだけではクラウド上に「バックアップした」ことにはならない。本体を編集したり削除したりすると同期されてクラウド上のも変わってしまうからである。バックアップは、編集・削除やPCの故障・破損の影響を受けないところに、別の実体として置いておかなければならない。

長女はMacBook Proを使っているので、下宿と研究室に外付けハードディスクを置き、両方でTime Machineを設定して自動バックアップしている。かつ時々手動でファイルをコピーしているらしい。そうやっておけばまあ大丈夫だろう。

高尾先生のこの連続ツイートはまさに「卒論あるある」であり、とても役に立つ。

togetter.com

数学ガール新刊は「ポアンカレ予想」

 「数学ガール6を執筆中」という結城さんのツイートをずっと読んでいたが、ついにテーマが明かされた。なんとポアンカレ予想とは。全然理解できないながらもトポロジーに興味を持ち続けている私としてはとてもとても楽しみである。

この問題がどのように描かれるのだろうと考えると待ちきれない。ミルカさんはどういうふうに教えてくれるのだろう。「僕」とテトラちゃんやユーリはどのように理解していくのだろう。リサが活躍する場面もあるのだろうか。

ペレルマンの物語も出てくるのかな。ガロアほどではないにしても。

「4月1日」というのは、関孝和の件のこと。

コインチェック社保有の仮想通貨NEMが流出

出川哲朗の出ていたコインチェック社のCMはうるさくて好きではなかったのだが、それどころではないことが起こった。

techwave.jp

仮想通貨NEMの約580億円相当が流出。外部からの侵入者にごっそり抜かれてしまった。どうやらセキュリティに大きな問題があったらしい。

NEM財団のファウンダーLon Wong氏が言うところによるとコインチェック社は「マルチシグ(=マルチ・シグネチャー(署名))を使ったスマートコントラクト技術を使うことをアドバイスしていたにもかかわらず、それを使用しなかったためにハッキングされた可能性がある」ということです。
マルチシグは、異なる署名データを持つアカウントを複数用意し認証を高度化することによって、仮に一つのアカウントがハッキングされても防げるというもの。
また、重要な秘密鍵とよばれるデータ等はインターネットネットにつながっていない機器等で保管する「コールドウォレット」という方法を使うのはもはや常識でしたが、1月26日深夜に行われた記者会見ではコインチェック社は「準備段階で未実装だった」ことを明らかにしています。

マルチシグとコールドウォレット、どちらもやっていなかったというのは責められてもしょうがないだろう。記者会見でも実質それを認めている。

www.huffingtonpost.jp

ソフトウェアシステム(特にネットワークにつながるもの)のセキュリティは大事だと改めて思わされる。

和田社長とともに会見をしていたCOOの大塚雄介氏は「いまさら聞けない ビットコインとブロックチェーン」という本を書いた人で、私はこの本の内容を紹介するcakesの連載をずっと読んでいたので、今回の件には二重に驚かされた。連載の中にはこんな記事もあったのである。

cakes.mu

記事自体は仮想通貨の中でもビットコインに関する話で、NEMのことではないが、セキュリティの基本は同じ。有料会員でないと読めない部分なので引用は控えるが、この記事の中でビットコインの管理について

  • 顧客からの預かり資産の大部分はインターネットに接続されていないところで厳重に管理している
  • 複数の人が承認しないと送れないしくみも取り入れている

のが普通だと解説している。まさにコールドウォレットとマルチシグ。自分のところがNEMに関してはこれらをやっていなくて盗まれたのだから痛恨だろう。

これだけの金額が流出したらユーザには戻ってこないだろうなと思っていたら、補償するという発表が今日あった。

corporate.coincheck.com

総額463億円。これだけの額を出せるのだから、儲かっていたのだろうなと誰でも思う。これからは苦難の道を歩むと思うが。

普通の法定通貨と違って、仮想通貨は取引を追跡できる(人物は特定できないが)。NEM財団から、今回NEMを流出されたアカウントにタグづけをしたという発表があった。

coinpost.jp

NEMはコインチェックのハッキングで不正にネムを取得したアカウントに対してタグをつける機能を実装し、ハッカーのアカウントかどうか見分ける確認方法を取引所と共有するとのことです。

@coincheckjp のハッキング最新情報:NEMが24~48時間以内に自動タグをつけるシステムを開発しました。
この自動化されたシステムは、お金を追跡し、盗まれたお金を受け取った全てのアカウントをタグ付けします。
NEMは、すでに取引所に対し、そのアカウントがタグ付けされているか否かの確認方法を公開しています。

良いニュースは、(このシステムとタグ付けしたアカウントの確認方法を取引所に共有したことで)取引所のハッキングによって盗まれたネムは売却できない事です。
この情報はぜひ共有してください。歴史上最大のハッキングは、NEMによって数時間で解決されたのです。
これがNEMプラットフォーム及び、NEMチームの力です。

流出したNEMをコインチェック社に戻すことはできないが、 使おうとした時には検出できるようになったということになる。犯人たちがそれをかいくぐろうとしてどういう動きをするのかが注目される。

流出時の履歴を解析したという記事も出ている。

www.businessinsider.jp

不正送金先となったアドレス「NC4C6PSUW5CLTDT5SXAGJDQJGZNESKFK5MCN77OG」から別のアドレスへの送金は、コインチェック社が記者会見をしていた最中にもなされていたという。これはどういうことなのだろう。流出に気づいてからでもそこからの送金を防ぐことは不可能だったということなのだろうか。

三国志(マンガ)が読めなくなった

三国志 (1) 桃園の誓い (希望コミックス (16))

三国志 (1) 桃園の誓い (希望コミックス (16))

 

 私の父が吉川英治の「三国志」を愛読書にしていて、読めとよく言われた。しかし長いし時代物は苦手なので読まなかった。

ただし横山光輝のマンガの方は、この1巻を散髪屋で読んだことがあった。劉備玄徳が母のために買った茶をその母に川に投げ捨てられるくだりや、関羽・張飛との「桃園の誓い」の場面は強烈に心に残っている。

そのマンガ「三国志」は1987年に全60巻で完結している。数年前、知人からそれを借りる機会があった。「桃園の誓い」の続きを知りたいと思って読み始めたのだが、2、3冊でやめてしまった。

読めない理由の一つは、戦国武将というものに自分がどうも共感できなくなっていること。大義はわかるが、「結局はみんな人殺しじゃないか」と思ってしまうのである。平和な国(今のところ)に住んでいる人間の典型的な言い分だということはわかりつつ。

そして、人があまりにも簡単に殺されることにウンザリしてしまった。

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こんなシーンがやたら出てくる。ひどい時には「ええい、気に入らぬ」などと言って罪もない人をバッサリ斬ってしまうこともある。その人にはその人の人生があるのに。

これらは、子供の頃には全く平気だったことである。大人になったというより、年をとって死がより身近になったということか。

店内BGM、別人が歌っていることがあるのは原盤権がからんでいるのか?

店内BGM、別人が歌っていることがあるのはなぜ?」というのを書いた。その後いろいろ調べてみると、原盤権の話に行き当たった。

原盤権(げんばんけん)とは、一般に、音楽を録音、編集して完成した音源(いわゆる原盤、マスター音源)に対して発生する権利のこと。著作隣接権の一つである。

日本の著作権法では、「レコード製作者の権利」(第96条~第97条の3)として規定されている。また本権利に関する国際条約として、許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約が存在する。

原盤権 - Wikipedia

もう1つ引用。

 例えば、あるCDの曲をそのままお店で流すなど商用で使用したいとします。この場合、「著作権」については、JASRACに申請すれば通常は足りるのですが、これとは別に、その曲の「原盤権」を持っているレコード会社などから許諾を受ける必要があるということになります。

 逆に、自分のお店にバンドを呼んで、ある曲を演奏してもらうとします。この場合には、その曲のCDなどの「音」は使いませんので、原盤権者であるレコード会社などから許諾を受ける必要はなく、「著作権」について、JASRACに申請して許諾を受ければ通常は足りるということになります。

4.1 原盤権の解説 - 弁護士法人クラフトマン

不勉強にしてちゃんと知らなかった。曲(歌詞・メロディ)の著作権とは別に、音源の原盤権というのがある。著作権の方は一般にJASRACを経由して使用許可を得たり使用料を払ったりすればいいが、オリジナル音源(CDなど)を流すには、原盤権を持つ権利者(レコード会社の場合もあればそうでない場合もある)からは別に許可を得なければならない。

店内BGMの場合、原盤権の持ち主から許諾を得ていない(許可してもらえなかったから、もしくは使用料が高いから)ということなのかもしれない。だからオリジナル音源を使わないために別人のボーカルを立てて新しくレコーディングをしているのだ、という仮説が成り立つ。本当にそうなのかどうかはわからないが、今後はこの仮説を持って調べてみるとしよう。

この件、もう何年も疑問に思っていたのだが、2日前にブログに書いたことを契機に考え(調べ)が進んだ。やはりブログに書くことは考えを進めるのに役立つ。

店内BGM、別人が歌っていることがあるのはなぜ?

居酒屋などで流れているBGM。昔は「有線放送」と呼んでいた(USENなどがそれ)が、今はいろいろ種類があるらしいので「店内BGM」としておく。その店内BGMについて、だいぶ前から疑問に思っていることがある。

邦楽の歌の曲で、ボーカルが本人でないことが多いのである。声や歌い方も伴奏のアレンジもオリジナルに似ていて、ちょっと聴いただけでは本物が流れていると思ってしまうが、よく聴くと別人が歌っている。

たとえば中島みゆきの曲が流れていて、何かおかしいなと思ったら、うまく似せてはいるがボーカルは別人だった。さらに注意して聴いているとサザンの曲が流れて、これもよく似ているものの別人が歌っている。桑田佳祐の「よく似たボーカル」は非常に気持ちが悪い。

どうして別人に歌わせるのだろう。わざわざ新しくレコーディングをするより、オリジナルの音源を流す方がはるかに簡単だと思うのだが。

著作権料が高いから? しかしその曲を流すことに変わりはないから、別人でも著作権料は普通に払わないといけないはず。

オリジナルを流すことの許可を得られないから? テレビやラジオでは流れているのに店内BGMはダメなどということがあるのだろうか。どうも理由がわからない。

この件に関して誰かがウェブに書いているだろうと思い、「店内BGM ボーカル 別人」などいろんなキーワードで検索してみたのだが、店内BGMの別人ボーカルに言及している記事は全く見当たらない。私が勘違いをしてるのだろうか。いやいや、間違いなく別人を使った曲がたくさん流れていたのである。継続して調査してみよう。