全脳自由帳

より考えるために書く

何十年かぶりに「シェーン」を観た

asa10.eiga.com

 もう日が経ってしまったが、ゴールデンウィークの「学校は休みでないが会社は休みの日」に妻と「シェーン」を観に行ってきた。

この映画、子供のころにテレビの洋画劇場で観たことがあるだけで、映画館で観るのは初めて。

「シェーン」といえばあのシーンである。

"Shane. Shane. Come back!"

最後にこれがある前提で観る。そして、実際このシーンのためだけにすべてがある気がする映画だった。実にシンプル。ただ、"Shane"を2回言っているとは知らなかった。

それと、このシーンが明け方だったとは。昼間のシーンだとばかり思っていたので、夜の決闘の場面で「このあとあのシーンなのに時間帯が合わんぞ…」と心配してしまった。

子供の頃に観たテレビ(吹き替え)では「シェーン、行かないで!」と訳していたと記憶しているが、今回の字幕は「シェーン、戻ってきて」だった。

コンビニで「QuickPayでお願いします」はいつ言うのが最適なのか

以前「現金を使わないようにする」という話を書いたように、最近は極力電子マネーで払うようにしている。

コンビニではApple PayのQuickPayで払うので「QuickPayでお願いします」と言うことになる。このセリフをいつ言うかをいつも迷う。

  1. 「いらっしゃいませ」
  2. こちらが商品を渡す
  3. 商品のバーコードを1つずつ読み取る
  4. 「◻︎◻︎◻︎円です」
  5. 商品を袋に詰める
  6. 商品をこちらに渡す

この流れの中でいつ「QuickPayでお願いします」と言うべきか。

普通は4.の後なのだと思うが、そうすると店員さんがすでに5.の動作に入っていて、QuickPayであることをレジに打ち込むためにまたレジに手を戻さなければならなくなることが多い。まったく美しくない。流れを止めてしまい、会計に要する時間が最適化されない。

では2.のタイミングで、商品を渡しながら「QuickPayでお願いします」と言えばいいかというと、4.の時にそれを忘れられていて、あるいは確認のために、もう一度聞かれることがあるのである。早く言い過ぎてもいけない。

かといって、3.の最中に言うと聞いてくれていないことがあるし、4.にかぶせて言うのはあつかましい。

結局、4.を言ってから5.に移る前の一瞬の隙を突いて言うように身構えるのだが、これが針に糸を通すようなテクニックを要する。

正解はわかっている。何秒も違わないのだから、会計の時間を最適化しようなどとは思わずに、4.のあとでゆっくりと言えばいい。しかしこちとらそれができない性分なのである。

いっそのこと、「QuickPayでお願いします」と書いた札をぶら下げながら会計に臨みたいくらいである。

あるいは、何で払うか選択するボタンをこちらが押すようになっていた方がありがたい。それならこちらの好きなタイミング(3.の間とか)で伝えられるし、忘れられることもない。ボタンを押さなかったときのデフォルトは「現金」でかまわない。

屍人荘の殺人(今村昌弘)

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

昨年鮎川哲也賞を獲った作品。ミステリー小説は基本的に文庫になってから読むことにしている(ハードカバーや新書は高くてかさばるからというのが主な理由)のだが、この作品があまりにも話題なので誘惑に勝てず読むことにした。

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?! 奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!

クローズドサークルでの密室殺人。精緻な謎解き。まさしく本格ミステリーである。論理でスルスルと解決されていくのはまことに気持ちがいい。

途中でこの探偵がホワイダニットにこだわる人だということがわかるのだが、それが最終的に生きてきた感じはあまりしなかった。そうでなくても変わらない気がする。

探偵とワトソンの関係やエピソード、こういうのがきらいだとか安っぽいと言う人もいると思うが、私は結構好きである。

本筋とは関係ないのだが、読み終えてから改めて考えると、このクローズドサークルの原因を作った人は何がしたかったのか? よくわからない。そこは気にしなくてもいいのだとわかっていても気になる。

作者のインタビューが公開されている。

www.shosetsu-maru.com

もともとミステリーにそんなに詳しいわけではないという。ミステリー作家になる夢を追う期限ギリギリにこの作品で受賞。才能のある人が埋もれなくてよかった。

東野圭吾作品の今後を案じる

「ラプラスの魔女」の感想を書いたが、そのあと同じ作品に関するid:fujiponさんのエントリを読んで、本当にそうだと思った。

fujipon.hatenadiary.com

東野さんは、本人としては「ミステリの先頭集団」に立って、独自のアイディアでずっと引っ張っているつもりが、いつのまにか、同じような作品を大量生産する、西村京太郎さんみたいな存在になりつつあるのではなかろうか。

まさに。最近の東野作品に関して私が漠然と抱いていた不安は、「西村京太郎になってしまう」ことなのであるなあ。

西村京太郎が「トラベルミステリーをやたらたくさん書いている人」であるように、東野圭吾もこのままでは「わけありな人の事情がだんだん明らかになっていくミステリーをやたらたくさん書いている人」になってしまうのではないか。

「いや、でも『殺しの双曲線』はいいよ」というのと同じような意味で「『秘密』や『白夜行』はいいよ」と言わなければならなくなる日は来てほしくない。

ペースを落としてもいいから、昔のようなハッとさせられる作品を読ませてほしい。近年でも「祈りの幕が下りる時」などはかなりよかったから、まだまだ期待しているのである。

ラプラスの魔女(東野圭吾)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

ラプラスの魔女 (角川文庫)

 

 東野圭吾作品のコンプリートを目指しているのだが、最近あまり読んでいない。これじゃ踏破は遠いなと思っていたところにこれが文庫になったので読んだ。

ある地方の温泉地で硫化水素中毒による死亡事故が発生した。地球化学の研究者・青江が警察の依頼で事故現場に赴くと若い女の姿があった。彼女はひとりの青年の行方を追っているようだった。2か月後、遠く離れた別の温泉地でも同じような中毒事故が起こる。ふたりの被害者に共通点はあるのか。調査のため青江が現地を訪れると、またも例の彼女がそこにいた。困惑する青江の前で、彼女は次々と不思議な“力”を発揮し始める。

「ラプラス」というのが何の象徴なのか、深く考えずに読んだのだが、そうであったか。かなり理科系的、SF的なミステリーである。いろんな意味で東野圭吾らしい。東野作品の得意パターンをいくつか組み合わせて1つ書き上げた、という感じは否めない。

こういう特殊な境遇の人が登場する場合、その人(たち)にどのくらい感情移入できるかが作品のおもしろさにかなり影響する。この作品ではそれほど感情移入できなかった。それにどうしても「こんなことありえない」と思ってしまう。

一方で、好奇心を満たすためには危険な行動もいとわない青江先生には大いに共感。

「君のせいで限界まで膨らんでしまった私の好奇心については、どうしてくれる?」

このセリフには笑った。

数え方が正しければ、東野圭吾はこれまでに93作を世に出している。そのうち83作を読んだ。あと10作。ノルマだと思わずに、読みたい時に読んでそのうちコンプリートしたい。

「おすすめは?」と聞くかどうか

note.mu

bar bossaの林さんのnote記事。

居酒屋などで最初に食べ物を注文する時、「おすすめは?」と聞くかどうか。私は聞かない。なぜ聞かないかというと、一言で言えば「おすすめを聞くのは主体性がない行為のように思うから」。上記の林さんの記事にもそう思っているトーンは感じられる。

ただ、一緒に行った人が「おすすめは何ですか(or ありますか)」と聞くことはよくあり、私もそれに対して「やめとけ」と言ったりはしない。その時考えているのは、

  • 注文ぐらい自分で決めたい。おすすめを聞くのは主体性がない
  • でも、店員さんが個人的なおすすめを言ってくれるなら参考にしたい
  • いや、聞いても店の都合で出したいものを答えるだけか?
  • しかし、アルバイトみたいだから、正直におすすめを言ってくれるかも?
  • それに、考えるのは確かに面倒。おすすめを言ってくれてそれを頼むのは楽

というようなことである。結局、他の人が聞くかどうかに任せている。

上記の記事にはこんな例も。

例えば、bar bossa、季節の果物のカクテルというのをやってまして、季節ごとに桃とかぶどうとかを用意して、生のジュースを作って提供しているんですね。
で、毎回、2種類、選択肢を用意しているんです。
今なら「なし」か「りんご」を用意していまして、「なしとりんご、どちらが良いですか?」ってお客様に質問してるんですね。
これでも、「おすすめは?」って言われるんです。もうしょっちゅう言われるんです。

これはいくらなんでも。そんなシンプルな二択なら自分で判断したいものである。

「年間100冊読む」という目標を手放す

本を年間100冊読むコツ」というエントリを書いたように、ここ数年は本を年間100冊読むことを目標にしていて、一昨年は初めて到達して116冊、昨年は102冊だった。

今年も100冊を目指そうと思っていたのだが、それを手放そうかと思っている。なぜかというと、100冊を意識するとどうしても厚い本を敬遠しがち になるからである。

今のところ「それほど読みたくもないのに、早く読める実用書に走る」という症状には至っていないが、読みたい本の中ではページ数の少ない本に手が伸びることが多くなる。それでは目標を立てていることのデメリットの方が大きい。

今、読みたいなと思っている本の中に厚いのがいくつもある。たとえばこのあたり。

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

 
時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け

時空のさざなみ 重力波天文学の夜明け

 

こういうのも進んで読むようにシフトしていこう。2年連続で100冊を達成したからもういいだろう。

冊数の代わりに「ページ数」で目標を立てようかとチラッと思ったが、さすがに管理が面倒なのでやめた。読書の時間をできるだけとることを心がける、というところにとどめる。

体を温めるために風呂で読書

この年になると腰が痛くなったり膝が痛くなったりするので、整体に通っている。その整体の先生に「風呂は40℃ (夏季はもっと下)の湯に15分つかってください」と言われた。

それまで42℃に設定していたので、40℃というのはかなりぬるく感じられたが、15分つかっていると体の芯まで温まってくる。42℃だと熱くてとても15分もいられないから、かえって温まらない。

これだけ温まれるというのは確かにいい。ただ、そんなに長く湯船で何もせずにいるというのは退屈でしょうがない。

そこで、本を持ち込むことにした。本を読んでいれば退屈しない。湯の上に手を出して保持することになるが、今のところ湯の中に落としてしまったことはない。万一落としてしまったとしてもまあ買い直せばいい。

この話を人にすると必ずと言っていいほど「紙がふやけるんじゃないの?」と言われるのだが、風呂に入っている時間ぐらいでふやけたりはしない。

といっても少しは湿っているだろうし、濡れた手で触ってしまうこともある。だからさすがに借りた本は持ち込めない。自分の本なら特に気にはならない。私は本は基本的に買う派なので、風呂で読む本がなくて困ることはなさそうである。

バックアップはこまめに、意味のあるところに

卒論・修論の季節。うちの長女も卒業設計に打ち込んでいる。

「数学ガール」の結城浩さんが、論文のバックアップについてツイートされていた。

これで思い出したので、7年前に今は亡きPosterousというブログに書いた話をもう一度書く。

卒論の時の話。私は研究室で初めてワープロで書いた学年だった。その前は全員手書きだったのである。私が使ったのは研究室の共用だったIBM 5560のワープロ機能。

〆切3日前ぐらいの、かなり完成に近づいていた日、徹夜で執筆作業をしたあと下宿で寝ていると、M1の先輩から電話がかかってきた。「すまん…おまえの卒論、消してしもた!」。

5560のワープロは、文書を編集したり閲覧したりして終了する時の「保存しますか?」という問いにNと答えると、修正を反映せずに終了するのではなく、その文書を削除してしまう、というとんでもない仕様だった。先輩は私の卒論を「どれどれ」と見たあと終了する時にこのトラップにはまったらしい。

私はこの危ない仕様を知っていたこともあって、帰る前に必ず全部を2枚のフロッピー (他に外部メディアはない)にそれぞれバックアップするようにしていたので、そこから復旧して事なきを得たのだった。先輩は一時、紙で印刷したものから自分が全部入力し直すことを覚悟していたらしい。

何にしても、バックアップはちゃんととっておきましょう。

最近はDropboxなどのクラウドサービスがあるが、編集するファイルをDropboxに置いているだけではクラウド上に「バックアップした」ことにはならない。本体を編集したり削除したりすると同期されてクラウド上のも変わってしまうからである。バックアップは、編集・削除やPCの故障・破損の影響を受けないところに、別の実体として置いておかなければならない。

長女はMacBook Proを使っているので、下宿と研究室に外付けハードディスクを置き、両方でTime Machineを設定して自動バックアップしている。かつ時々手動でファイルをコピーしているらしい。そうやっておけばまあ大丈夫だろう。

高尾先生のこの連続ツイートはまさに「卒論あるある」であり、とても役に立つ。

togetter.com

数学ガール新刊は「ポアンカレ予想」

 「数学ガール6を執筆中」という結城さんのツイートをずっと読んでいたが、ついにテーマが明かされた。なんとポアンカレ予想とは。全然理解できないながらもトポロジーに興味を持ち続けている私としてはとてもとても楽しみである。

この問題がどのように描かれるのだろうと考えると待ちきれない。ミルカさんはどういうふうに教えてくれるのだろう。「僕」とテトラちゃんやユーリはどのように理解していくのだろう。リサが活躍する場面もあるのだろうか。

ペレルマンの物語も出てくるのかな。ガロアほどではないにしても。

「4月1日」というのは、関孝和の件のこと。