全脳自由帳

より考えるために書く

赤緑黒白(森博嗣)

赤緑黒白 (講談社文庫)

赤緑黒白 (講談社文庫)

Vシリーズもいよいよこれで終わり。第10作。

鮮やかな赤に塗装された死体が、深夜マンションの駐車場で発見された。死んでいた男は、赤井。彼の恋人だったという女性が「犯人が誰かは、わかっている。それを証明して欲しい」と保呂草に依頼する。そして発生した第二の事件では、死者は緑色に塗られていた。シリーズ完結編にして、新たなる始動を告げる傑作。

ある意味で最終作にふさわしい作品だった。驚愕の展開や斬新なトリックがあったわけではないが、犯行の背景・動機にしても話の終わり方にしても、いかにもこのシリーズ(もしくは森博嗣作品)らしいと思える。読み終わった時に大きな満足感があったわけではなかったが、パラパラと読み返していると味わいが出てくる。しかけではなく、全体に漂うテーマや雰囲気(各キャラクターが醸し出すものも含めて)を味わうのがこのシリーズ。

S&MシリーズからVシリーズへと読んできた。これら2シリーズは1作目同士、2作目同士、…で相互に何らかの共通点があるのがすばらしい。これで一区切りだが、森博嗣作品はまだまだある。次は四季シリーズへ。

ガリレオの苦悩(東野圭吾)

ガリレオの苦悩 (文春文庫)

ガリレオの苦悩 (文春文庫)

ガリレオシリーズの短編集としては3冊目。長編「容疑者Xの献身」も入れると4冊目になる。「落下る(おちる)」「操縦る(あやつる)」「密室る(とじる)」「指標す(しめす)」「攪乱す(みだす)」の5編。

“悪魔の手”と名のる人物から、警視庁に送りつけられた怪文書。そこには、連続殺人の犯行予告と、帝都大学准教授・湯川学を名指して挑発する文面が記されていた。湯川を標的とする犯人の狙いは何か? 常識を超えた恐るべき殺人方法とは? 邪悪な犯罪者と天才物理学者の対決を圧倒的スケールで描く、大人気シリーズ第四弾。

容疑者Xの献身」は若干重かったが、短編集になるといつものガリレオシリーズの軽いトーンになる。科学トリックを使うことが趣向なので、推理小説としての驚愕のしかけというのには出会わないものの、安定している。

マイベストは「操縦る」。とてもいい話だった。TVで放映されたのを観ていたので、トリックはほぼ覚えていたが、話としては改めて十分に味わえた。この短編集の中で唯一、湯川学が本当に苦悩した話と言えるかもしれない。

朽ちる散る落ちる(森博嗣)

朽ちる散る落ちる (講談社文庫)

朽ちる散る落ちる (講談社文庫)

Vシリーズ第9作。

土井超音波研究所の地下に隠された謎の施設。絶対に出入り不可能な地下密室で奇妙な状態の死体が発見された。一方、数学者・小田原の示唆により紅子は周防教授に会う。彼は、地球に帰還した有人衛星の乗組員全員が殺されていたと語った。空前の地下密室と前代未聞の宇宙密室の秘密を暴くVシリーズ第9作。

六人の超音波科学者」の続編とも言える作品。今回もトリックはシンプル。森作品らしいものだった。他の作家の有名作品を思い出したりもする。

死体にまつわる人間ドラマについては、あまりピンとはこなかったものの、森作品らしい「愛の形」だとは思う。レギュラーメンバーもからめてうまく構築された話ではある。人間関係がちょっとややこしくなってきた感はあるが。

スペイン岬の秘密(エラリー・クイーン)

スペイン岬の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

スペイン岬の秘密 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

1935年、国名シリーズ第9作にして最終作。

さすがの名探偵エラリイ・クイーンも、その奇怪さには言葉が出なかった。悪名高いジゴロの死体は海に向かってテラスの椅子に腰掛けていた。黒い帽子を被り、舞台衣裳めいた黒のマントを肩から掛け、ステッキを手にし…あとはまったくの裸だった! 大西洋に突き出した岬に建つ大富豪邸で起きた殺人事件。解決に乗り出したエラリイを悩ませる謎はただひとつ―なぜ犯人は被害者の服を脱がせたのか? 待望の新訳決定版

このシリーズの中では地味な作品という印象だが、いつもながらのきっちりしたロジックの推理だった。今回はエラリイは無茶なことはしない。

ポイントの1つである「なぜ被害者は裸で死んでいたか?」についても、きちんとした推理が行われる。不自然なところはあるし、他の可能性はなかったのか? という疑念が残らないではないが。犯行の状況を思い浮かべるとちょっと笑える話ではあった。

読み終わってみると、シリーズの中ではかなりわかりやすい(推理しやすい)話ではあると思う。私はわからなかったけど。

愛人岬(笹沢左保)

愛人岬―笹沢左保コレクション (光文社文庫)

愛人岬―笹沢左保コレクション (光文社文庫)

1981年の作品。岬シリーズの中では4作目ぐらいだと思う。シリーズといってもタイトルに「岬」とついているというだけで、内容に相互の関係があるわけではなさそう。

丹後半島・犬ヶ岬の断崖で起きた連続殺人事件。被害者の男女の接点が見つからないまま、有力な容疑者となったのは男の友人・水沼雄介だった。水沼の愛人・古手川香織は雄介の無実を証明するため鹿児島に向かう。だが、そこで見つけたものは、香織を苦しめるある事実であった! アリバイ崩しの妙味と男と女の哀切を見事に融合させた、本格推理小説の傑作!

とにかく濡れ場が多い。ミステリーとしてのしかけにはあまりひねりがないと思うのだが、愛人ドラマに気をとられているうちにトリックが明かされていくので、しかけのよしあしを感じさせないつくりになっている。推理小説を読んだという実感はそれほどないが、こういうのも悪くないかという読後感。

タイトルマッチ(岡嶋二人)

タイトルマッチ (講談社文庫)

タイトルマッチ (講談社文庫)

岡嶋二人作品を順に読む。これは1984年の第4作。

元世界ジュニア・ウェルター級のチャンピオン最上永吉の息子が誘拐された。彼を破ったジャクソンに義弟が挑むタイトルマッチ二日前の事だった。犯人の要求は、“相手をノックアウトで倒せ。さもなくば子供の命はない”。犯人の狙いは何か。意想外の脅迫に翻弄される捜査陣。ラストまで一気のノンストップ長編推理。

誘拐ものだが、身代金の受け渡しなどの定番の展開を入れずに話を進めるところはさすがにうまい。ボクシングの試合のところは臨場感たっぷりなので、読者としてはそこが熱くなるところなのかもしれないが、私はなぜかあまり乗れなかった。ただしさすがにスピード感はある。トリックは普通か。

流星の絆(東野圭吾)

流星の絆 (講談社文庫)

流星の絆 (講談社文庫)

文庫化されたので読んだ。2008年の作品。ドラマが放映されたのは記憶に新しいが、「読んでから(もしかしたら)観る」派の私は観ていなかった。

何者かに両親を惨殺された三兄妹は、流れ星に仇討ちを誓う。14年後、互いのことだけを信じ、世間を敵視しながら生きる彼らの前に、犯人を突き止める最初で最後の機会が訪れる。三人で完璧に仕掛けはずの復讐計画。その最大の誤算は、妹の恋心だった。涙があふれる衝撃の真相。著者会心の新たな代表作。

物語の展開としてはかなりベタベタな感じなのだが、東野流に描かれるとあざとい感じはなく、すがすがしい。殺人の真相の方はかなり無理やりという印象もあったが、それでも読後感は悪くない。何より、何気ないエピソードを含めて、途中で退屈しないでどんどん読み進めることができる。

欲を言えば、固有のメッセージが何かほしかった。東野作品にはいつも期待していることだが、倫理観を刺激してくれるようなメッセージを受け取りたい。それから、三兄妹の「絆」をもうちょっと深く描いてほしかった。

この作品を読むと、「常にハヤシよりカレー」派の私でも無性にハヤシライスが食べたくなるのだった。

女王国の城(有栖川有栖)

女王国の城 (創元クライム・クラブ)

女王国の城 (創元クライム・クラブ)

「学生アリス」シリーズ第4作。前作「双頭の悪魔」から実に15年後、2007年の作品。

舞台は、急成長の途上にある宗教団体<人類協会>の聖地、神倉。大学に顔を見せない部長を案じて、推理小説研究会の後輩アリスは江神二郎の下宿を訪れる。室内には神倉へ向かったと思しき痕跡。様子を見に行こうと考えたアリスにマリアが、そして就職活動中の望月、織田も同調、四人はレンタカーを駆って木曾路をひた走る。<城>と呼ばれる総本部で江神の安否は確認したものの、思いがけず殺人事件に直面。外界との接触を阻まれ囚われの身となった一行は決死の脱出と真相究明を試みるが、その間にも事件は続発し…。江神シリーズ待望の書き下ろし第四長編。

早く読みたかったが文庫が出るまで待つことにしていた。3年ほど待ったところで、このシリーズのこれまでの作品はハードカバー発行から文庫化までが通常(3年ぐらい)よりずっと長い(5〜7年)ことに気づいた。「こりゃまだまだ文庫は出ないな」と思ってハードカバーを購入した。その直後に文庫化されてあんぐり。まあいいか。

まずは宗教団体の聖地という舞台の特殊さが目につくのだが、よく考えたらこのシリーズは、火山の噴火変な形の島芸術家の村と、かなり特殊な舞台で統一されているのだった。しかし、宗教団体の協会員という(私には)なじみのない人種が相手であるせいか、全体を覆っている雰囲気は前3作よりも現実感が希薄というかドライな感じがした。淡々と物語が進行していく印象。

他に変化したところといえば、背景となっている時代が前3作よりかなり進んでいる(それでも刊行された2007年よりは明らかにだいぶ前)ことと、それにつられてか、文体も少し大人っぽく(というより理屈っぽく?)なったことか。この文体は決してきらいではない。「青春度」は、少し大人になりながらも増した感じかな。甘酸っぱい。

事件のからくりは見事。さすがはクイーンの流れを汲む正統派である。江神二郎による解決も細かいところまで緻密に検討されていて、いつものように見ごたえがある。からくりに難を言うなら、相手が宗教団体であることがなんか活かされていないなと思うところがあったことか。うまく活かされていてなるほどと思ったところもあっただけに。

「学生アリスにはずれなし」というのは本作でも崩れなかった(作家アリスでは成り立たないが…)。作者によるとこのシリーズは長編5作で完結するそうなので、いつになるかわからない最終作を気長に待ちたい。

鬼流殺生祭(貫井徳郎)

鬼流殺生祭 (講談社文庫)

鬼流殺生祭 (講談社文庫)

1998年の作品。

維新の騒擾燻る帝都東京の武家屋敷で青年軍人が殺された。被害者の友人で公家の三男坊九条惟親は事件解決を依頼されるが、容疑者、動機、殺害方法、全て不明。調査が進むほどに謎は更なる謎を呼ぶ。困惑した九条は博学の変人朱芳慶尚に助言を求めるが…。卓抜な構成と精妙な描写で圧倒する傑作本格ミステリ

舞台は「明詞」7年。明治初期の設定だと思って読めば間違いない(明治維新のことを「ご一新」と呼んでいたというのは知らなかった)。語り手の九条惟親が公家出身ののほほんとした男であることもあって、全体にのんびりした雰囲気が漂っている。悪くない。探偵役の朱芳慶尚はほぼ安楽椅子。

メイントリックはおもしろいところを突いている。手がかりがあからさまに示されているのに全然気づかなかった。時代設定をよく活かしている。しかしそれ以外は、過去の推理小説のいろんな作品のネタを集めて作ったような収束。「ああ、このパターンか!」と何度か思わされた。よくある設定は「やたらややこしい血縁関係」だけではない。

作者のページのこの作品の紹介では「わざと器のミステリーに徹した造りにしています」とあったので、それもこれもわざとやっているのかな。

修羅の終わり(貫井徳郎)

修羅の終わり (講談社文庫)

修羅の終わり (講談社文庫)

1997年の作品。

「あなたは前世で私の恋人だったの」。謎の少女・小織の一言を手がかりに、失った記憶を探し始める。自分は一体何者だ? 姉はなぜ死んだ? レイプを繰り返す警官・鷲尾、秘密結社“夜叉の爪”を追う公安刑事・久我、記憶喪失の〈僕〉が、錯綜しながら驚愕のクライマックスへと登りつめる、若き俊英の傑作本格ミステリー。

3つの話が並行して進む。貫井作品らしく、どの話も重く、かつそれが必ずしもいやではない。

とはいっても、3つのうちの1つは全く救いがないので力が抜けるし、さらに別の1つでは、何が善で何が悪なのかだんだんわからなくなってくる。それと同時に、公安警察というのはえらく気の長い仕事だという感想も抱いてしまった。こんなに長くかかる仕事にモチベーションを保ち続けていなければならないというのはいかにもしんどい。

それら3つの話がどうつながるのかが焦点になる。結末まで読んで、半分はそういうことかとわかったのだが、腑に落ちない部分もあったので例によってググる。いろんな人が「これが真相だと思う」というのを書かれていて、一応の結論に達することができた。しかしこれ、3つの話があまり強くはつながっていないので、腑に落ちなかった半分の部分の納得度は半分くらい。つまり全体としては7割5分ぐらい納得したという感じか。